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2017春の近況報告(友人関係を維持する難しさについて抽象的な話)

ご無沙汰しております。自分の筆不精ぶりが恥ずかしい。最後にブログを書いたのが1ヶ月も前になってしまった。

近況です。 特にこれといって記事にしたいこともないので、近況のみです。

最の近でいうと、いま、ラボの予定をサボって別の場所で当記事を書いています。 1時間きっかり遅刻して、ラボに到着したアテクシ。 ラボの入り口の前で5秒考えたことは、1時間の遅刻をキメてノコノコと顔を出すかどうか、なのですが、 1コマの2/3の時間を遅刻してしまったとなると、これはもう毒を食らわば皿までということで、今現在。

すべてはゴールデンウィークとかいうのが悪いことは言うまでもない。 私のゴールデンウィークは延長戦にもつれ込み、昨日月曜平日までオウチでゴロゴロに努めておりまして、 この失態もその疲れによるものと思われます。

近況報告

さて、最後にブログを書いたのが1ヶ月前なのは申し上げましたが、近況報告したのは3月初めが最後でしたね。 皆さんお変わりありませんでしょうか。

私は就職活動が終わって、ほっとしてます。 終了スピードでいうと、ラボの中ではちょうど中央値なんだけど、 それでも、自分ではこんなに早く終わると思っていなかった。 というのも、内定御社様以外、最初の選考(書類あるいは1次面接)で落とされていたので、 あんまり明るい就活ライフではなかったです。 もちろん、やってる途中はそんな感じだったとはいえ、1つ決まれば十分なんですけど。

勤務地や職種もほぼ決まっていて、茨城県の田舎でSEをすることになりました。 SE職は元々希望していたものなので、まあいいんですけど、茨城県勤務に関しては良いとも悪いとも。 転勤はほぼ無さそうなので、少なくとも数年間は茨城県に住むことになりそうです。 何の縁もない土地ですから、漠然と不安を感じています。 ご先祖を遡っても京都より東に住んでいた人がいない。 それに、私は生まれてからずっと実家を出たことがないですし、ね。 かと言って嫌というわけでもないです。 住んでみないと暮らしのことはわからないですし、住めば都と言いますし。

しかーし、茨城県の田舎に出会いはあるんだろうか。 人との繋がりが社外に持てるのか甚だ疑問だ。

友人関係を維持する難しさについて

ただ、田舎であるということは、人付き合いの中で大した問題でもなさそうともいえる。 これよりも大変なのは働きながら友人関係を維持する難しさなんじゃないだろうか。 これは、田舎だろうが都会だろうが関係ないと思う。

社会に出てからは、気の合う人との距離感を自分で制御しないといけないのがつらい。 今まではホモソーシャルなグループがそれを担ってくれていた。 例えば、大学のサークルとか、高校のクラスとか部活動とか、気の合う奴らだけのグループが私を友人と繋ぎ止めていてくれた。 そのうえ今までは、そういうグループと学生という職業が不可分になっていた。 大学生にとってサークルに居場所を求めることはすごく自然なことだった。 けど、社会に出ると、職業と趣味が切り分けられる。 そうなると、趣味のための繋がりは自分で担保しないといけなくなる。

ただ、学生の内もそのような憂き目に会うことは大いにありうる。 私もそう思うことがあった。2つの全く違う要因によって。 ひとつは講義がなくなって、ラボでの研究が主になったこと。 もうひとつは友人関係が主にSNSで構築されるようになったこと。

講義がなくなると、友人と全く遊ばなくなった。 7人ほどの仲のいいグループに所属していたんだけど、それぞれ違う研究室に配属になった。 とは言っても、私含めほとんど皆同じ建物の研究室にいる。 なのに、会うどころか、連絡も取らなくなった。 というか、今まで連絡なんて取ってなかった。取る必要もなかった。 同じ講義を取っているから、自然とその流れで会うし、その後遊びにいった。 しかし、ひとたび集まる機会がなくなると、疎遠になってしまった。

一部の友人はそれぞれの研究室内で意気投合し、休日も遊びに行くらしい。 しかし、僕はそうはならなかった。 そうなりたくなかったのかもしれないし、そうなれなかったのかもしれないけど。

僕は主な友人関係をSNSで築くようになった。 別に今までがリアルで、これからがSNSという風に変わったわけではない。 今まで両立していたのが、片方消え失せただけで、自然な流れだった。 ところが、友人関係の中心がSNSになると、SNSのほうがずっと友人関係を維持するのが難しいと気づいた。 いままでずっと使い続けていたSNSだったけど、転じて、それが中心に据えられると、途端に今まで見えていない難しさが露見した。 説明不要であるが、意外と気づきにくいのかもしれない。SNSの繋がりは希薄だ。

まとめ

社会に出るための試練というと言い過ぎだけど、今は程よい練習をさせてもらっていると思う。 大学院修士2年の今、私はとても自由です。 こうやって、ラボをサボって日記を書いているくらい。 自由になると人間が試されるんです。 別にすごい研究成果を出そうなんて毛ほども思わないけど、何か生きるヒントが見つかればいいと思って生きています。